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軍事的必要は否定されているか?(2)

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便衣兵処刑と国際法(1)
軍事的必要は否定されているか?(2)
戦数論とはなにか?(3)
国際慣習法・実例の検証(4)
補足のぺージ(5)
(補足)スコルツェーニー事件・マルテンス条項



処罰に裁判は不可欠か?

 便衣兵の処罰に裁判が不可欠かどうか?。
 違法論・吉田説は1937年に近い国際法の学説などから慣習国際法上「必要不可欠だっ
た」と結論しています。これは常に例外なく軍事裁判手続きが必要であるという事になるでしょ
う。
 
 国際法の専門家は当時の状況を考慮して、戦争法を構成する「軍事的必要」から例外的に
軍事裁判が行われなくても違法とはいえないという見解を述べています。例外が認められるか
否か、つまり「軍事的必要」原則が国際法上認められているか否かが争点になります。
 

 吉田説では「戦数=軍事的必要が戦争法より優先される説」として、戦数が否定されている
事により軍事的必要を理由に戦争法を破ってはいけないという意味の主張がされています(
下記参照)。この辺りの議論は用語の定義をしておかないとややこしい事になるので、違法
論・吉田説の流れに沿って「戦数=軍事的必要」という風に(ここでは)定義して考察を加えて
みます。

(注 戦争法からの逸脱を免責する理論は「戦数=軍事的必要」だけではなく、自衛の為など軍事的必要を
狭く限定的に解釈し、戦数とは別の免責事由を認めるとする見解や、国家存亡の緊急事態にのみ免責を認
めるとする説もある。当HPでは一般的な戦数論として吉田説を中心に考察しています。また、一般的に「戦
数=軍事的必要」となる理由については、ページの最後でまとめて解説しています)





軍事的必要を巡る議論の行方
 
違法論・吉田説
「南京大虐殺否定論13のウソ」柏書房 P171

 特殊な状況の下では、戦争の法規・慣例の遵守義務より軍事上の必要性が優先されるとする学説は、一般に「戦数」とよばれ、投降兵の取り扱いなどがその典型的な事例とされる。しかし、そうした学説に対しては、当時からきびしい批判があった。例えば、横田喜三郎『国際法(下)』(有斐閣、一九四〇年)は、「かような範囲の広く不明確な例外を認めるときは、戦閾法規の違反に対して容易に口実を与へることになる」などとして、この学説を明確に否定している。

 同書ではこの後に「戦数」が退けられた例として、海軍大臣官房『戦時国際法規綱要』を引
用しています。引用された原文はカタカナで読み難いので、読みやすいように「ひらがな」に直
しました。原文では国名が独逸となっていますがカタカナにしました。

「南京大虐殺否定論13のウソ」柏書房 P171より
海軍大臣官房『戦時国際法規綱要』1937

 ドイツ系学者中に、戦争法規の外に、戦数即ち戦争の必数なるものあり
て、普通の交戦法規に遵うときは緊急状態を脱しえざるか、又は戦争の目
的を達成し難き場合には、戦争法規外の行動に出づる事を得との説を唱
えるものあり。畢竟或る場合には、戦争法規はこれを度外視得べしとの主
張にほかならず。右説は之を採用すべきに在らず



 いかがでしょう?
 「なるほど」と思われる方も多いのではないでしょうか?。
 以上の文面をみると「軍事的必要」という考え方が完全に否定されているかのように思えて
きますね。ここでもう一度横田説をみてみます。

かような範囲の広く不明確な例外を認めるときは、戦閾法規の違反に対して容易に口
実をを与へることになる」(戦数反対論 横田説)

 どうも範囲が広くて不明確である事を問題にしているようです。範囲について海軍の綱要で
は二点あげられています。「緊急事態を脱出できない時」「戦争の目的の達成が難しい時」で
す。大抵の軍事作戦は戦争の目的を達成する為に行われますし、軍事的に不利な状況に陥
る事(例えば敵に包囲されて脱出不能など)もありえます。
 戦数論は、言い換えると「軍事的に優勢の場合は戦時国際法を遵守」「不利になったら戦時
国際法には拘束されない」という事になります。多くの戦場で「優勢な側」と「不利な側」が発生
する事を考えると、多くの戦場でどちらか不利な側が戦時国際法を破るという事態が想定され
ます。
 こうなると、戦時国際法・交戦法規は意味をなさなくなるでしょう。そういう意味では横田説も
海軍綱要も極めて当たり前の見解を示したものと言えます。戦数反対論というのはその適
用範囲が問題なのであって、「軍事的必要」原則を完全に否定したものではないので
す。詳しい説明は次項に譲りますが、ここで国際法の専門家である佐藤博士の解説をみてみ
ましょう。



佐藤説
2001年3月号 正論 P315 
「南京事件と戦時国際法」佐藤和男著

 この「軍事的必要」原則は、第二次世界大戦後の世界においてさえも完全には否認されていない。例えば、ミネソタ大学のG・フォングラカン教授は、無制限な軍事的必要主義は認めないものの、「必要」に関する誠実な信念や確実な証拠が存在する場合には、この原則の援用や適用を容認している。
 もっとも、同教授は、極度の緊急事態の不存在や、軍事的成功への寄与の欠如が明らかにされたならぱ、軍事的必要を根拠にした違法行為は、戦争犯罪を構成するものになると警告している。
 わが国の戦時国際法の権威である竹本正幸教授も「予測されなかった重大な必要が生じ、戦争法規の遵守を不可能ならしめる場合もあり得る」と認めている。

 軍事的必要を認めるという学説が引用されています。
 「無制限な軍事的必要主義(すなわち戦数論)」は認められないが、戦争法が想定しない
状況下においては「軍事的必要」が戦争法を破る場合もありうるという説明がされています。
実は説明するまでもなく、限定された状況で「軍事的必要」が認められるのはむしろ当然
と言えます。(これに対する反対説としてよく引用される藤田説は次項で解説)



 戦争法(交戦法規)は、「人道的原則と戦争の必要性」とで成り立っているものであり、戦争の必要性(軍事的必要)を否定して成り立っているものではないからです。




 ハーグ陸戦法規でも「軍事的必要」を認め条文化した例がいくつかあります。例えば第23
条ト号「戦争の必要上万已むを得ざるを除くの外、敵の財産を破壊し押収すること」とい
うのがあります。「軍事的必要」が認められ条約化されている例です。敵国の財産を破壊したり
押収することは原則禁止ですが、軍事的必要があればその限りではないと解釈されます。



 このように、戦時国際法において「軍事的必要」原則は否定されていません。「軍事的必要原則=戦数」であるならば「戦数」は否定されていないことになります。
 戦数”論”は否定されているが、戦数は否定されていないという事ができるでしょう。 


 

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戦数論とはなにか?(3)
戦数論とはなにか?(3)


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「戦数=軍事的必要」についての説明


戦時国際法を構成するニ原則
『現代国際法講義』[第二版]有菱閣P465

武力行使の手段と方法の規制
(1)規制の一般原則
 戦時国際法は軍事的必要(principle of military necessity)と
人道的考慮(principle of humanity)の二つの原則のバランスの上に
成立した法である。すなわち、相手国の戦力を弱めるために必要な手段・方法をとることは原則的に許されるが、他方、そのために必ずしも
必要ではない手段は人道的考慮から規制される。

 戦争法は軍事的必要原則と人道的原則のバランスで成り立っています。戦争法を認めるという事は同時に軍事的必要原則の存在も認めるという事になります。戦争法形成過程における「軍事的必要」は戦数に限られませんが、戦争法が成立した後に、戦争法からの逸脱を免責する軍事的必要は戦数と同義となります。





戦数反対論から「戦数=軍事的必要」
『国際法V』P343 田岡良一著 有斐閣 

 リューダーの説に対する反対説を詳細に説いた嚆矢は英国のウェストレークであり、それ以来戦数否定論は英国の通説となっている。第一世界大戦以後にはドイツ、オーストリアの学者のなかにも否定諭に賛成するものがある。これらの否定論者の説に従えば、

「全ての戦争法規は、軍事的必要と人道的原則(または第三国の利益)との妥協として成立したものであり、従って戦争法規が作られるに当って軍事的必要はすでに考慮されている。
 この法規をさらに軍事的必要によって破るのを許すことは、戦争法規制定の意義を没却するものである。故に戦数が戦争法に優先するという説は賛成できない。

 ただし、戦争法に関する条約・法規のなかには『軍事的必要なき限り』または『軍事的状況の許す限り』交戦国はかくかくの措置をとらねばならぬ、という言葉によって、その効力を制限するものがある。こういう条項(軍事的必要条項)を含む法規が軍事的必要によって破られるのは当然である。しかし戦数肯定論者は、こういう条項のない法規についてもなお軍事的必要に籍ロする侵犯を是認しようとするものである。

(戦争法が成立した後に)軍事的必要を理由に戦争法侵犯を認める(免責する)という説には賛成できないとしています。(戦争法が成立した後には)軍事的必要を認めないというのが戦数否定論ですから、ここでも「戦数=軍事的必要」という図式になります。




戦数反対論「戦数=軍事的必要」その2
新版『国際人道法』増補 有信堂 藤田久一著作 P65

(1)戦数ないし戦時非常事由(Kriegsrason,Kriegsnotwendigkeit)理論は一九世紀後半ドイツの学者により唱えられ、第一次世界大戦までドイツでは通説とされていたもので、その意味するところは、国家の緊急事態、すなわち、戦争の目的達成や重大な危険からの回避という事態において、戦数が戦争法に優先するということである。
(中略)
 また、ドイツ流の戦数論を批判しつつ、戦数とは別のより狭い特別の軍事必要(Military Necessity)概念を認め、その場合にのみ戦争法侵犯を肯定する見解もある(たとえば、O`Brien,W.V.,"Legitimate Military Necessity in Nuclear War,"worid Polity U[1960]、P.48参照)。しかし、この軍事必要概念も戦数と実際上区別し難く、結局戦数論と選ぶところがなくなってしまうと思われる。
(以下略)

 (1)「戦数という軍事必要概念」が存在する。(2)「戦数」よりも狭い範囲で「特別な軍事必要概念」を認める見解もある。(3)しかしながら実際上両者を区別することは難しい。と解説されています。事実上「戦数=軍事的必要」という関係になります。





吉田教授の記述
『南京大虐殺否定論13のウソ』柏書房 P171 吉田説
 特殊な状況の下では、戦争の法規・慣例の遵守義務より軍事上の必要性が優先されるとする学説は、一般に「戦数」とよばれ、投降兵の取り扱いなどがその典型的な事例とされる。

 吉田教授は戦数の説明として≪軍事的必要が戦争法に優先される≫としています。『国際人道法』では戦数理論の説明として≪戦数が戦争法に優先する≫としています。戦争法に優先されるものとして「戦数=軍事的必要」という図式が成立します。念のため国際法辞典の記述を見てみます。




軍事的必要と免責事由
国際法辞典 筒井若水編より
クリークスレーゾン 
 戦数,戦時緊急必要,戦時非常事由又は交戦条理と訳され,特定の状況の下では,軍事上の必要から戦争の法規慣例の遵守義務から免れることができるという「免責事由」の意味で用いられる。
(以下略)

 『国際法辞典』でも「戦数」の説明として「軍事上の必要」が戦争法に優先される場合を想定しています。「軍事的必要」が戦争法侵犯に対する違法性阻却事由となり、戦争法侵犯に対する責任が免責される(免責事由として戦数が認められる)という意味になります。ここでも「戦数=軍事的必要」という図式が成り立ちます。










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