便衣兵処刑と国際法(1)
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虐殺派の方々は、便衣兵(ゲリラ兵)の処刑について、正規の軍事裁判が行われなかったか ら国際法違反であるという主張をよくされます。議論の余地がないほど明白な国際法違反なの か、はたまた解釈の余地があるグレーゾーンなのかについて考えてみましょう。
国際法違反論の代表として「南京大虐殺否定論13のウソ」柏書房の第9章があります。同 書は南京事件調査研究会の編集で、第9章「国際法の解釈で事件を正当化できるか」の書き 手は吉田裕一橋大学教授です。しかしながら吉田教授は日本近現代史専攻で国際法の専門 家ではないようです。
そこで国際法の専門家による違法論を探したのですがみつける事はできませんでした。南京 関係の研究書籍で、国際法の専門家の意見として「違法論」が引用されているものもないよう なので、現時点では専門家による「違法論」はないと考えられます。
違法論・吉田説
「南京大虐殺否定論13のウソ」柏書房 P164
しかし、ここで決定的に重要なのは、立の次の指摘である。
凡そ戦時重罪人は、軍事裁判所又は其他の交戦国の任意に定むる裁判所に於て審間すべぎものである。然れども全然審問を行はずして処罰を為すことは、現時の国際慣習法規上禁ぜらるる所と認めねばならぬ。
つまり、たとえ国際法違反の行為があったとしても、その処罰については軍事裁判(軍律法廷)の手続きが必要不可欠だった。南京事件の場合、軍事裁判の手続きをまったく省略したままで、日本側が「戦時重罪人」と一方的にみなした中国軍将兵の処刑・殺害を強行したところにこそ大きな問題があったのである。
虐殺否定派の人々は、交戦法規違反の行為があった場合には、直ちにその違反者を殺害・処刑できるように誤解(曲解?)しているが、その処罰には適法的な手続きが必要だったことを忘れてはならない。
| 文中茶色文字の引用文は『戦時国際法論』 立作太郎
「南京大虐殺否定論13のウソ」柏書房 P167
確かに、当時の国際法の下では、「便衣兵」による戦闘行動は、「戦時重罪」にあたるとされていたが、前述したように、その処刑には軍事裁判(軍律法廷)の手続きを必要とした。この点については、法学博士、篠田治策の「北支事変と陸戦法規」(『外交時報』第七八八号、一九三七年)も、「死刑に処するを原則とすべき」行為の一つに、「一定の軍服又ば徽章を着せず、又は公然武器を執らずして、我軍に抗敵する者(仮令ば便衣隊の如き者)」をあげてはいるが、そこに次のような条件をつけている。
而して此等の犯罪者を処罰するには必ず軍事裁判に附して其の判決に依らざるべからず。何となれぼ、殺伐なる戦地に於いては動もすれぼ人命を軽んじ、惹いて良民に冤罪を蒙らしむることあるが為めである。
実際に敵対行為を行なう「現行犯者」に対して、「正当防衛」のために反撃する場合を除けぼ(信夫淳平『上海戦と国際法』丸善一九三二年)、「便衣兵」の処刑には軍事裁判の手続きが不可欠とされていたのである。
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以上が違反論の代表的なものです。戦争犯罪者は軍事裁判で裁くという慣習国際法があった。その慣習国際法により軍事裁判の手続きは必要不可欠であった。
日本軍の処刑は裁判手続きを欠いた慣習国際法違反である。という事になるでしょう。慣習国際法という部分が後に重要になってきますので覚えて置いて下さい。
一方で必ずしも国際法違反とは言えないという論はいくつかあります。国際法の専門家である青山学院大学名誉教授の佐藤和男(法学博士)の見解を引用してみます。
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2001年3月号 正論 P317
「南京事件と戦時国際法」佐藤和男著
兵民分離が厳正に行われた末に、変装した支那兵と確認されれば、死刑に処せられることもやむを得ない。多人数が軍律審判の実施を不可能とし(軍事的必要)--軍事史研究家の原剛氏は、多数の便衣兵の集団を審判することは「現実として能力的に不可能であった」と認めている--、また市街地における一般住民の眼前での処刑も避ける必要があり、他所での執行が求められる。したがって、間題にされている潜伏敗残兵の摘発・処刑は、違法な虐殺行為でばないと考えられる。
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国際法の専門家の見解では「兵民分離が厳正に行われた」事を条件として、処刑に際して軍事裁判が行われなくとも「必ずしも違法とは限らない」という見解です。
両説の相違は「軍事的必要(戦争の必要性)」についての解釈の差のようです。この点について次のページで検証してみます。
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予め誤解のないように説明しておきますが、「専門家の意見でなければ信用できない」という ような低レベルな話をするつもりは毛頭ありません。というのは、ある特定の問題について常 に専門家の意見が肯定説・否定説と複数存在するとは限らないからです。
専門家でなくともその分野(この場合は国際法)において基礎的な知識があり、自説を裏付 ける判例や学説(慣習法を論証する場合は具体的な史料)などを提示して「論」として構成され ていれば価値があると言えます。
また、反論する場合は示された判例・学説についてそれぞれ資料をあげて具体的な反証が 必要になると言えるでしょう。ここでは「違法論・吉田説」について、具体的に学説や資料を提 示しながら、「違法論・吉田説」が成り立つかどうか、について検証していきたいと思います。
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