中国側の発表では三〇〜四〇万人。
南京大虐殺の東京裁判における検察泡主張 期間は南京陥落から6週間。 範囲は南京市内とその周り。 (南京城とその周辺) 被災者数は20万以上
以上のように、「南京大虐殺」とは20万以上の規模の事件を指す固 有名詞として考えなければならないようです。中国側が主張している3 0万というのは、南京城とその周辺数キロの範囲であり、いわゆる近 郊県は含まれないと判断してよいでしょう。
南京大虐殺とは固有名詞なのか、それとも南京で発生した数量不詳の虐殺事件という意味 なのか、ちょっと考察してみましょう。まず中国側では「南京大屠殺」と呼称しています。その 規模は30万以上ということで固定されているようです。虐殺派の笠原教授が中国で論文を 発表した所、犠牲者数10数万とした部分が削除されたということです。これは中国側の公式 見解が30万以上であるから、それよりも少ない見積もりは認められないという意味と考えてよ いでしょう。つまり、日本の虐殺説10数万でも、南京大屠殺とは呼べないということになりま す。 すると、中国語の南京大屠殺に該当する日本語が南京 大虐殺であるならば、同時に30万という規模でなければ 南京大虐殺とは呼べないということになるでしょう。この辺 りをちょっと検証してみることにします。
期間は南京陥落から6週間。 範囲は南京市内とその周り。 (南京城とその周辺) 虐殺数は20万以上 (必須条件)
当時、南京に残留し避難民の保護に従事した外国人の記録によれば犠牲者数は「民間人1. 2万と捕虜3万」である。 しかし、この見積もりは埋葬記録からの考察であり、戦死や改葬 他、陥落前の 死傷者なども含まれている可能性がある。 特に、民間人の埋葬については 「民間服に着替えた兵隊」が含まれている 可能性が高いので1.2万は明らかに過大であり、 1938年の戦争被害調査における「殺された民間人2400人」 「連行され帰らないもの4200人 (便衣兵として処刑?)」合計「6600人」という数値のほうが妥当であると思われる。(ただし、 6600人には安全区内で暴動を起こして処刑された民間人なども含まれている可能性が高い) ■当時の第三国報道や外国人の記録からは「南京大虐殺30万」という荒 唐無稽な大事件を 読み取る事はできず、万単位の婦女子を惨殺したと いう記述にいたっては皆無である。
南京防衛軍の総数は「約8万」が最も妥当と思われ、戦闘兵に限定した場合は 「5万」という 数字とも合致する。 撤退成功は、少なく見積もっても4万程度と考えられる。 このHPにおける南京事件の規模
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